| 2003年4月 インド旅行 | |||
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アグラへ
| インド2日目 アグラへ 今日はアグラへ向かってタージマハールをみる日だ。早朝6:00のインドの看板列車、シャタブディエキプレスに乗るのである。早朝発とあって寝坊しないよう、緊張して床に入ったのだが、精神が高揚しているせいか夜中に何回か目を覚ましてしまい、肝心のセットした目覚ましには反応せず。起きたときはすでに発車の30分前・・・駅までは歩いても10分だが、さすがに慌てた。 結局駅に着いた時は出発まで10分を切っていた。焦っていただけなのかもしれないが明確な表示がなく乗り場がわからない。構内はwindows3.1の起動時に鳴る音とアナウンスがひっきりなしにけたたましく流れるのだが、なにを言っているのか聞き取り困難だ。その放送の中に「シャタブディエキスプレス、プラットフォームナンバー6」とかいっているように聞こえたので慌てて行ってみるがそこには列車はいない。 しばらく駅構内をウロウロしたあと看板列車なのだから1番線だろうと予想して1番線に行ってみるとはたしてそれらしかった。指定券にはEC-29番座席とあって何号車かはわからない。行きは一番良いクラスを取ったので、真ん中か端だろうと予想したが真ん中の車両はどうやら1stクラスではないようである。インドの列車は基本的に車両と車両の間の幌が無いので取りあえず目の前の車両に駆け込んで・・・というわけにはいかない。駆け足で先頭に行ってみると扉の所に張り出されたコンピュータ打ち出しの紙に自分の名前がありホッとして乗り込む。インドの列車は治安維持と切符の転売を防ぐためか切符購入時に名前・年齢・性別を登録する必要があり、乗降口にそのリストが張り出されるのだ。 インドっぽい音楽が流れ車内放送が始まるとやがて列車は動き出した。窓は茶色のシートが張られせっかくの車窓が見づらくなっている。インドの鉄道の等級は複雑だ。一応ニューデリー-アグラ間を例として列挙してみると・・ AC1st (エアコン付一等) Rs 720 1st (一等) Rs 312 AC 2tier(エアコン付2段寝台) Rs470 AC 3tier(エアコン付3段寝台) Rs286 AC chair(エアコン付座席車) Rs211 Sleeping Car(二等寝台) Rs101 Sitting Car(二等座席車) Rs57 となっている。しかし私が乗るシャタブディエキスプレスや同じような看板列車だが長距離を走るラジーダニエキスプレスは別立てで食事がつくため割増料金が設定されており同区間はAC1stの替わりにエグゼクティブクラスと称するクラスになっておりRs755するし、AC chair はRs370だ。 このシャタブディエキスプレスは終点はボパールで、片道7時間かけてニューデリーとの間を往復する。昼行なので前述の2つのクラスの座席車のみの編成の客車を電気機関車が引っ張る。私が降りるのは最初の停車駅のアグラカントメント駅で、195キロを2時間で結ぶ。エグゼクティブクラスの車内は通路を挟んで座席が2-2で並ぶのだが、シートピッチは十分広いが座席の布地は汚れており、あまり高級感は感じない。レールのゲージ幅が1676mmなので大振りな客車だが中国の客車のように天井が高くないこともあってか、あまり客室内が広いとは感じない。座席は1/3ほどしか埋まっておらず、殆どが白人の観光客風。
静かに走り出したシャタブディエキスプレスだがやがてスピードをあげ始める。客車列車なのでモーター音などはないのだがかなり揺れが激しい。レールを刻む縦揺れはわかるものの、カーブでもないのに横揺れが激しい。それよりも激しいのは前後揺れだ。ヨーロッパによくあるフックと緩衝器の組み合わせの方式で普通は連結器だけの場合より前後揺れはあまりない印象があるのだが、加減速時だけでなく常時揺れる。路盤などの設備と車両両方に技術的に無理しているのだろうか。そんなことを思っていると、車掌が検札にくる。植民地官庁の現地人官吏といったイメージの風貌でくたびれた車内とは違い、やたら偉らぶったような、もったいぶったかっこと動作で切符と名簿とを照合する。 やがてテーブルクロスがひかれ紅茶とビスケットがサーブされる。紅茶はともかくビスケットが非常に美味しかった。ビスケットがこんなに美味しいと思ったのはイギリスの一等車に乗ったときに供された時以来である。続いてコーンフレークとトーストやポテトなどのボリュームたっぷりの朝食が出てきた。 途中街と呼べるのはマトゥラーというヒンズー教の聖都くらい。マトゥラーには停車しないものの先行列車を追い抜くため駅付近は徐行する。駅の近くには車窓からはこれ以上汚い環境はないのではないかと思えるゴミ捨て場が見える。その中にテントを張ったホームレスのスラムが広がる。朝の用を足すために手に尻洗い水を入れた空き缶などを持ってしゃがみ込んでいる人間が何十人もこちらを向いている。物乞いの類は今までに見て、違和感を感じなくなっていたものの、インドの現実をかいま見たのはこのときが初めてのような気がした。 マトゥラー以外はあとはひたすら小麦畑と思われる中に木がまばらに生えている平野がひたすら続く変化のない車窓が続く。端境期なのかまだ朝早いからなのかはわからないが、農地で耕作している人間も見かけなかった。 2時間はあっという間に過ぎ、アグラカントメント駅到着。カントメントとは元々軍営地という意味である。イギリス統治時代現地インド人の街とは離れたところに軍とその力を背景にした植民地官僚機構が位置した名残だ。乗っていた車両の乗客は殆ど、いや全てといっていいほどここで降りる。みるからに皆タージマハール目当ての観光客である。いわばこの列車は「かもネギ」状態なのでホームに降りたとたん客引きが始まる。ガイドブックを予習した限りではこの町のリキシャーの客引きはかなり悪質というが、「タージマハール100ルピー!」とかいって早速営業活動開始である。 〔因みにアグラカントメント駅の案内放送の前にはMSのアウトルックエキスプレスのメール着信音だった時に鳴る音だった) アグラの街およびその近郊には世界遺産は3つある。タージマハール、アグラ城、そしてファティーブルシクーリというムガール朝のアクバル帝が造営するも水不足で放棄された廃都である。世界遺産という観光地のランク付けには、指定を受ければ一流観光地、そうじゃなければ見向きもされないといった印象があって、いつも若干の嫌悪感というか違和感を覚えるが、しかし時間がない場合はそれからみざるを得ないというかこの三カ所は見るべきものであるらしい。因みにデリーにある世界遺産はクトゥブミナールとフマユーン廟でこれは初日に制覇している。 ホームだけでなく駅前広場にはオートリキシャーやサイクルリキシャーも手ぐすね引いて待っている状態で、客引きが更に集まってくる。ホームで100ルピーのオファーから始まったタージマハールまでのリキシャーは駅前広場で50ルピー、でてしばらく歩くと40、最後には30にまで下がったが、郊外にあり、時間がかかるであろうファティーブルシクーリを先に制覇して、市内の二カ所は後回しにしたいので駅から徒歩圏にあるバスターミナルまで歩く。アグラは駅の熱気はデリーと同様だったが、駅前広場をでると樹上に猿がいたり(彼らは危険だそうなので緊張する)するなどのんびりムードが漂う。 バスターミナルまでは相変わらず、何とか獲物を逃すまいとするオートリキシャーやサイクルリキシャーが延々つきまとうが彼らの誘いもやがて雑音にも聞こえなくなってきたころバスターミナルに着いた。ファーティーブルシクーリのあるファーティーブル村へ向かうバスはすぐ見つかり運転手の後ろに席を取った。 バスはけたたましくクラクションを鳴らしながら、TATA社製のトラック、乗用車、オートリキシャーにサイクルリキシャー、何人も乗ったオートバイ、穀物を自身の3倍以上の高さに積み上げたトラクターに馬車、はたまたラクダ車、それに牛などを器用によけ快走する。なぜか縄を付けた熊を持っている熊使い?の人が何人もいたがあれは見せ物か何かなのだろうか。 さてインドの道はあまり舗装はよくなく、道幅もあまり広くないのにこのようにあらゆる種類の交通物が自分のペースで走っているので、対向車がいないときは道路の中央を走行する。しかし対向車が来るときは・・・そのたびに車の身分や強さ、速さで「勝負」をするような感じで、負けた方が道を譲る。一回だけだったが対向車と「勝負」が互角で心臓が止まりそうになったが、一瞬のハンドル裁きで難を逃れた。
1時間ほどでファティーブル村に到着。村を見下ろす丘に赤砂岩でできたモスクや宮殿が建っている。静かな雰囲気の村のはずなのだが、早速ガイドはいらないかという連中が何人もまとわりついてくる。明らかに遺跡へ向かう道なのに、こっちは通れないとか嘘言ってくるなどうるさくて雰囲気を味わうどころではない。 彼らは中に入ってもなかなか解放してくれず参った。結局モスクの中ではズーとつきまとわれた。「俺はこの空気に浸りたいんだから放っておいてくれってばー」と思わず叫んでしまいたい位だった。
中庭を回廊で囲ったモスクの隣には王宮が隣接。ここまで来ると「ガイド」の洗礼からもやっと解放され静かな雰囲気を楽しめた。
ちょうどお昼時となったが、ここは村レベルで衛生状態に不安があったので、朝食はパスすることにした。バスでアグラに戻ろうとしたがなかなか来なくてちょっと不安になるものの、やっと来たバスでアグラへ。バスターミナルからはオートリキシャーに乗ってアグラ・フォートへ向かった。 アグラ・フォートは訪れる者を圧する城壁に囲まれた城郭。ただ城門の造りは立派だが、中に入った宮殿部分は平べったい建物が多く、ここが謁見するところか、とか通り一遍の印象を持つだけで終わった。まぁこれは次にタージマハールを見に行くというワクワク感によるものものが大きかったのだろうが・・・
歩き回って疲れたが、サイクルリキシャーに乗っていよいよタージマハールへ |
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